「 “孫の涙”で幕引きを狙った北朝鮮の意図はすでに崩壊 」
『 週刊ダイヤモンド 』 2002年11月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 468回
15歳の女の子はよく“戦った”。10月25日のフジテレビで、2時間にわたる特別番組の主役として取材に応じさせられた金恵京(キムヘギヨン)さんの姿を見て感じたことだ。
祖父母と確認された横田滋さんと早紀江さん夫妻は、15歳の少女に拉致事件のことを尋ねるのは酷であると抗議した。被害者の家族会も同様の抗議声明を発表し、事務局長の増元照明さんは語った。
「めぐみさんが拉致されたのは13歳のときです。25年間行方不明で、消息を知らされたと思ったら死亡、おまけに自殺だと言われた。次に5人の被害者が帰国したら、全員がめぐみさんについての情報を教えてくれた。横田夫妻の心はどれほど揺れていることか。そこに今度は、拉致当時のめぐみちゃんと同じ年頃に育った孫を登場させたのです。北朝鮮の意図は、横田さん夫妻を平壌に呼び寄せ、涙の会見をさせて、拉致問題を終了させたいということでしょう。めぐみさんも、私の姉も含めて、8名の消息は分からずじまいで幕引きが図られると思います」
長年拉致問題に取り組み、家族の皆さんを助けてきた現代コリア研究所の佐藤勝巳所長が指摘した。
「少女の涙をことさらに強調した映像の処理は、国家犯罪としての拉致事件の本質からなんとか目を逸らせたいとする北朝鮮の意図に沿うことにもなりかねません」
番組中、「会見、泣き」と書かれたVTRのタイトルが画面に出た瞬間があった。明らかに手違いで出してしまったこのタイトルが、番組制作の意図の一端を垣間見せていた。少女の涙を強調したあざとさは、家族の皆さんの指摘するとおりである。が、それでも恵京さんの会見を報じたことで、いくつもの情報を私たちは読み取ることができたと思う。その点で、報道したことの意味はあったのだ。
第一に、この少女がただの少女ではないであろうことが見てとれる。少なくとも300万人が飢餓で死亡したと伝えられる国で、彼女はきわめて健康そうで、身なりもきちんとしていた。ピョンヤンホテルの、花で飾られテレビカメラのライトで照らし出された部屋に、15歳の少女が臆せずに入ってきた。日本の少年や少女なら臆してしまいそうな場面で、恵京さんは堂々とした身のこなしである。普段から場慣れしていることをうかがわせる。取材陣のおとなたちに対しても、時にあどけなく笑い、時に涙を流し、すべての質問に答えつつも、言ってはならないことはまったく語ってはいない。
「天晴(あつぱ)れなものですよ」と佐藤氏。
「彼女は、北朝鮮ではエリート中のエリートの家庭で育てられたと考えるべきです。そして父親のことはいっさい語らない。15歳ともなれば父親の仕事について知らないほうが不自然ですが、それも語らない。じつに、しっかりと北朝鮮側の意向に沿った受け答えをしていると思いました」
恵京さんの教育は家庭のみならず、北朝鮮国家によってもなされたものだ。かの国では、子どもたちは13歳になると社会主義青年同盟に入る。33歳まで、労働党青年部ともいわれるこの組織のなかで主体思想や金日成、北朝鮮の歴史、思想上の優越さについて学ばされる。ここで鍛えられ、選ばれた者だけが党員になることができるのだ。
恵京さんはおとなになったら「党の活動家」になり、人びとを教え導き指導したいと語っている。エリートの一員として党員への道、中枢への道を歩んでいる姿は、その父親のイメージをも掻き立てる。拉致問題、めぐみさんの夫、不明者8人の現状。すべての謎は深まり、“孫の涙”がすべてを終了させてくれる状況ではない。恵京さんを単独会見させ幕引きを狙った北朝鮮の意図は、この点で崩れたのだ。